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身体がNoと言った日
気管切開をしてまだ2カ月半位しか経っていないのに、先日今度は胃瘻手術を受けた。
これからALSと共に生きていく為に、どうしても必要なことだったから…。
ここまでしておいておかしな話しだけど、それでもまだこの先を生きていこうか迷っている自分がいる。
別に死にたい訳じゃない。
勿論、元気な身体ならずっとずっと生きていたい。
でも、それはもうどう頑張ってもどうあがいても叶わない夢だということも知っている。
今まで、特に仕事や勉強に関しては自分で絶対やり抜くと決めたら、何が何でもやり抜いてきた。
一度だって、途中で投げ出したり諦めたりしたことがなかった。
努力すればどんなことでも出来ると思っていたし、どんなに辛くても苦しくても、自分で決めたことは最後まで責任を持ってやり抜いてきた。
でも、それにはたくさんの犠牲が伴った。
高校三年生の頃から長く付き合っていた彼と、結婚を目前にして辞めて欲しいと言われた仕事を続ける為に、別れざるを得なかった。
絶対にフリーのICで成功するって決めたから…。
彼との別れは辛く苦しい決断でその後は後悔の連続だったけど、一度やると決めた仕事を簡単に諦めることが出来ず、心を痛めつけてしまった。
仕事を続けるうちに体調に異変が現れて、毎日の様に頭痛や肩凝りが続いたけど、痛み止めを飲み続けながら仕事に没頭することで痛みを忘れようとしていた。
念願だったフリーになってからはその傾向が更に強くなり、仕事に穴を開けることは一度もなく、どんなに熱があっても頭痛がしても、解熱剤や鎮痛剤で抑え込んで打ち合わせに出掛けていっていた。
子供の頃のわたしは最初から出来の良い兄と比べられ、いつも劣等感の塊だった。
それが勉強や仕事に打ち込むようになると、周りからの評価も上がりそんな劣等感なんて嘘のようになくなった。
「勉強や仕事をしていない自分は自分じゃない」と思うようになったきっかけかもしれない。
でも、身体はもう限界で、ついに「No」と言う日が来てしまった。
それは、わたしが今までどんな犠牲を払ってでも手に入れたかった成功が、今にも手に届きそうな時に訪れた。
『ALSの発症』
皮肉にも発症したとたん、某有名家電メーカーから展示会のインテリアデザインの仕事の依頼が来たり、有名家具メーカーからインテリアセミナー講師の依頼が来たり…。
まだ確定診断を受けていなかったわたしは、身体がもうボロボロなのにも関わらず、まだその仕事を受けようとしていた。
でも、もうその時には歩くこともままならず、まして車の運転も出来なくなってきてしまい、遂に諦めざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
これがわたしの身体が「No」と言った瞬間だった。
本当はもっと早くサインがたくさん出ていたに違いない。
でも、気付いても気付かない振りをしていたんだと思う。
ALSかもしれないと言われ検査入院していた時、ある本と出合った。
『身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価』
http://p.tl/YFNy
という本だ。
そこには色々な疾患に罹った人の性格や育った環境などの統計をとった事例が載っていて、ALSについても書かれている。
その本を読んで身の毛がよだつ想いがした。
まるで、自分のことを書かれていると思う程ピッタリだったから。
自分の感情/心を抑圧してしまった結果、ALSという病気を自ら招いてしまったのかもしれない。
感情をコントロールすることが得意だと思っていたけど、それはただ「抑圧」していただけだったのかも。
本当の感情はちゃんと実在して、それを外に吐き出さずに全て自分の中で消化しようとしてしまっていた。
泣きたい時も泣かず、怒りたい時も怒らず、グッとこらえることで自分を納得させようとしていた。
でも、そんな無理は長く続く筈がない…。
その結果がALSなのかもしれない。
好きな人には好きと素直に言おう。
嫌いな人とは無理に付き合うのはやめよう。
泣きたい時は誰の前でも好きなだけ泣こう。
笑いたい時は、余計なことは考えずに思い切り笑おう。
怒りたい時は、我慢しないで怒ろう。
伝えたいことは、伝えるタイミングを考える前に相手にすぐに伝えておこう。
時はもう既に遅いかもしれないけど、これが今まで頑張って突っ走ってきた自分へのせめてもの罪滅ぼし。
後悔はもうしたくないから…。