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今日から…


ずっと迷ってたこと。

何も今更…と思ってた。

でも、運命の糸に引かれるように、周りの力に突き動かされるように、今日から新しい道を歩み始めた。

自分の弱い気持ちも、素直に認めてあげられるようになった。

目標があるからこそ、生きていく力が湧き上がることも知った。

1人の力では、絶対に出来ないことがあることにも気付いた。

さあ、今日からは素晴らしい第二の人生の一歩を踏み出そう。

怖がらないで…。

周りを見渡すと、たくさんの仲間が笑ってる。

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悔しい


最近大切な人に思い切って自分の想いを伝えた。

心残りがないように…。


悩んでいた呼吸器の問題も、着けて最後まで頑張ると決めた。

大切な人達と最後までずっと一緒にいたいから…。


人任せにしていた自分の介護体制も、これからは自分が主体になってでやっていこうって決めた。

だって、まだまだ生きていたいから…。


それなのに、病魔はそれを嘲笑うかのように次々とわたしの身体を痛めつけてくる。


ただ生きていたいだけなのに、それも許して貰えないのか…。


悔しい…。

ただただ、本当に悔しい…。


どうにもならないことだからこそ、悔しくてたまらない。



身体がNoと言った日


気管切開をしてまだ2カ月半位しか経っていないのに、先日今度は胃瘻手術を受けた。

これからALSと共に生きていく為に、どうしても必要なことだったから…。


ここまでしておいておかしな話しだけど、それでもまだこの先を生きていこうか迷っている自分がいる。


別に死にたい訳じゃない。

勿論、元気な身体ならずっとずっと生きていたい。

でも、それはもうどう頑張ってもどうあがいても叶わない夢だということも知っている。



今まで、特に仕事や勉強に関しては自分で絶対やり抜くと決めたら、何が何でもやり抜いてきた。

一度だって、途中で投げ出したり諦めたりしたことがなかった。

努力すればどんなことでも出来ると思っていたし、どんなに辛くても苦しくても、自分で決めたことは最後まで責任を持ってやり抜いてきた。


でも、それにはたくさんの犠牲が伴った。


高校三年生の頃から長く付き合っていた彼と、結婚を目前にして辞めて欲しいと言われた仕事を続ける為に、別れざるを得なかった。

絶対にフリーのICで成功するって決めたから…。


彼との別れは辛く苦しい決断でその後は後悔の連続だったけど、一度やると決めた仕事を簡単に諦めることが出来ず、心を痛めつけてしまった。


仕事を続けるうちに体調に異変が現れて、毎日の様に頭痛や肩凝りが続いたけど、痛み止めを飲み続けながら仕事に没頭することで痛みを忘れようとしていた。


念願だったフリーになってからはその傾向が更に強くなり、仕事に穴を開けることは一度もなく、どんなに熱があっても頭痛がしても、解熱剤や鎮痛剤で抑え込んで打ち合わせに出掛けていっていた。



子供の頃のわたしは最初から出来の良い兄と比べられ、いつも劣等感の塊だった。

それが勉強や仕事に打ち込むようになると、周りからの評価も上がりそんな劣等感なんて嘘のようになくなった。


「勉強や仕事をしていない自分は自分じゃない」と思うようになったきっかけかもしれない。



でも、身体はもう限界で、ついに「No」と言う日が来てしまった。



それは、わたしが今までどんな犠牲を払ってでも手に入れたかった成功が、今にも手に届きそうな時に訪れた。


『ALSの発症』


皮肉にも発症したとたん、某有名家電メーカーから展示会のインテリアデザインの仕事の依頼が来たり、有名家具メーカーからインテリアセミナー講師の依頼が来たり…。

まだ確定診断を受けていなかったわたしは、身体がもうボロボロなのにも関わらず、まだその仕事を受けようとしていた。



でも、もうその時には歩くこともままならず、まして車の運転も出来なくなってきてしまい、遂に諦めざるを得ない状況に追い込まれてしまった。



これがわたしの身体が「No」と言った瞬間だった。



本当はもっと早くサインがたくさん出ていたに違いない。

でも、気付いても気付かない振りをしていたんだと思う。



ALSかもしれないと言われ検査入院していた時、ある本と出合った。


『身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価』
http://p.tl/YFNy

という本だ。


そこには色々な疾患に罹った人の性格や育った環境などの統計をとった事例が載っていて、ALSについても書かれている。

その本を読んで身の毛がよだつ想いがした。

まるで、自分のことを書かれていると思う程ピッタリだったから。



自分の感情/心を抑圧してしまった結果、ALSという病気を自ら招いてしまったのかもしれない。



感情をコントロールすることが得意だと思っていたけど、それはただ「抑圧」していただけだったのかも。

本当の感情はちゃんと実在して、それを外に吐き出さずに全て自分の中で消化しようとしてしまっていた。


泣きたい時も泣かず、怒りたい時も怒らず、グッとこらえることで自分を納得させようとしていた。


でも、そんな無理は長く続く筈がない…。

その結果がALSなのかもしれない。



好きな人には好きと素直に言おう。

嫌いな人とは無理に付き合うのはやめよう。

泣きたい時は誰の前でも好きなだけ泣こう。

笑いたい時は、余計なことは考えずに思い切り笑おう。

怒りたい時は、我慢しないで怒ろう。

伝えたいことは、伝えるタイミングを考える前に相手にすぐに伝えておこう。


時はもう既に遅いかもしれないけど、これが今まで頑張って突っ走ってきた自分へのせめてもの罪滅ぼし。

後悔はもうしたくないから…。





授かった命・預かった命


ひとり息子が一昨日で10歳になった。

ということは、わたしが母親になってから10年経ったことになる。


当時わたしの周りには子供が欲しくてもどうしても授からなくて、とても悩んでいる人が何人かいた。


わたしも結婚する前からずっと体調が悪く、その上アメリカ駐在中には一度流産を経験し、もうすぐ高齢出産という年齢のせいもあり少し諦めかけていた時に授かった命だった。


息子を生んだ時真っ先に考えたことは、「自分だけの子供じゃない…」ということ。

それは、自分が産んだ子供じゃないとか、主人とわたしだけの子供という意味ではない。


12時間かけてようやく吸引分娩で出産した息子を抱けたのは、翌日の朝。

その朝息子を初めて抱いた瞬間から10年後の今まで、一度も自分だけの子供だと思ったことがない。


息子を抱いた瞬間は勿論とっても幸せで嬉しかったけど、次の瞬間に思ったたことは「大切な命を神様から預かって、わたしがこの子を育てさせてもらうんだ」ということだった。


息子が社会に出るまで、わたしが母親という役目が終わりわたしが死ぬ瞬間まで、責任を持って立派な人間に育てあげなくてはいけないと、心が引き締まる想いがした朝だった。


勿論、わたしにとってもとても大切な愛おしい命。

でも、わたしの勝手で好きなように育てて良いとも思わなかった。


母乳しか飲んでくれない息子を育てるのは本当に大変で、細い乳腺が詰まり何度も何度も乳腺炎で高熱を出し痛みで辛かった時は流石に心が折れそうになったこともあったけれど、「赤ちゃんもお母さんの身体を治そうと一生懸命膿の混じったまずい母乳を飲んでくれているのよ。」という助産婦さんの言葉を聞き、産んだだけじゃ母親になったとは言えないんだということ、子供を育てながら自分も母親として成長させて貰うんだということに気付いた。


息子がむずかって泣いている時…。
どうしてむずかっているのか必死で考えた。

スーパーへ買い物に行くと、何個も同じようなオモチャ付きのお菓子を欲しがり駄々を捏ねた時…。
どうしたらひとつだけで我慢できるようになるのか考えて、まだ言葉もよくわからない息子に向かってじっくり話して聞かせ、毎回ひとつずつ減らしていきながらそれが出来たことを褒めてあげることにしていたら、あっという間にオモチャ付きのお菓子も欲しがらなくなった。


保育園の年長になって文字の練習の宿題が出始めた時、どうしてもやりたがらない息子。
やってこない息子を叱る先生に頭を下げ、「本人が自分でやりたいと思うまでもう少し待ってください。」とお願いした。

暫くすると周りのお友達が「あいうえお」を上手に書けていることに気付いた息子が「どうして皆は上手に書けるの?」って聞いてきたので、「毎日少しずつ宿題を頑張ってるからじゃないの?」とわたしが言うと、次の日からは自分からせっせと宿題をやるようになった。


大好きなスイミングスクールも一度だけ辞めたいと言ったことがある。
引っ越しをして同じ系列の違うスクールに通い始め、まだ友達ができなかった頃。

せっかくここまで頑張ったのに…という気持ちもあったけど、無理強いしても仕方ないので「行きたくないなら辞めていいよ」と辞めさせた。

ところが3か月もたたない内に学校のお友達が数人そのスクールに通っていることがわかり、「やっぱり通いたい」と言い始めた。

これはいいチャンスとばかり「また行きたくないって言わないなら通ってもいいよ」と言ったら、それからは一度たりとも「行きたくない」と言わないばかりか、最近では熱があって頭が痛くてももわたしに黙って通うようになっていた。


子供を育ててわかったことは、子供の心を育てるのに大事な瞬間はほぼ毎日のようにあって、それを見逃してしまったり放っておいたら取り返しがつかないこと。

待った無しの世界だ。

いつもドキドキ・ハラハラしながら子育てをしていて、気付いたら自分も成長している…。

そんな感じがピッタリだ。


10歳になった今でも毎日ドキドキ・ハラハラさせられている。

わたしがまだ一人前の母親になっていない証拠だ。


神様から預かった大切な命。


あとどれくらい頑張れば母親としての役目を果たせるんだろう…。

あとどれくらい経てば、大切な命を社会に送り出してあげられるんだろう…。


身体は限界に近いけど、まだまだやらなくちゃいけないことがありそうだ。

せめてあと少しだけ、責任を果たす時間が欲しい。














自分らしさって


7月14日。
呼吸筋麻痺の進行に伴う排痰の困難から気管切開手術を受けた。

声が出なくなるかもしれない、出たとしても出し辛くなるかもしれないことは勿論わかっていた。

でも、この先を自分らしく強く笑って生きて行く為に必要だと思い決心したつもりだった。


特に術後は痛みに弱く普通の痛み止めが効かないわたしにとって想像以上に辛く、強い痛み止めの影響で不覚にも取り乱し看護スタッフの方々に迷惑を掛けたり泣いたり怒ったり…。


話せないことが想像以上に辛く、心から笑えない日々が続いた。


今までのわたしは人に頼ることが苦手で、人前で弱い自分を見せることが特に嫌いだった。

人前で(勿論主人の前でも)、多分ここ十年以上泣いたことはなかった。



「こんなわたしって、わたしじゃない…」


それまで耐えてきた心の糸が、プチっと音を立てて切れた気がした。



どんなに頑張って生きていても、自分らしくなかったら意味がない。

いつも強く笑っていられなければ、わたしがわたしらしく生きていくことはできない。



「自分らしく生きられなくなったら終わりにしたい…。」


ある人に向かいそう呟いていた。



その人は、わたしの想像を超えるような苦労を背負い、今も人生を歩み続けている人だ。

その人から掛けられた言葉はひとつ。


「自分らしさって、時が経つと変わることがあるんじゃないかな…。」


さりげない一言だったけど、今のわたしにとってとても重く心に響く言葉だった。



自分らしさってなんだろう…。

まだ答えは見つかっていない。


もしかしたら、この答えを見つけた時がゴールなのかもしれない。




























Appendix

プロフィール

takekos1

Author:takekos1
はじめまして、takekos1(タケコ)です。
四年前までフリーランス・インテリアコーディネーターとして仕事をし、小学校3年生の男の子の母親で、育児&家事に追われる普通の42歳の主婦でした。
突然のALS発病で大好きだった仕事を失くしたけど、どんな時でも笑顔だけは忘れず残された日々を楽しみながら生きていたら、突然進行が止まりました。
そして、今新たな幸せな人生を歩み始めています。
難病だって身体が動かなくなったって、生きていればきっと幸せは見つけられるって信じてます。
病気についての詳しいことは、下記のブログで書いています。
http://plaza.rakuten.co.jp/takekos1/

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